「闇の狩人」五社英雄監督 1979年
1747年かあ、イメージないですが賄賂の政治なんですね。
また闇の世界ものっけから手下と愛人に裏切られています。画面は横長で歌舞伎の舞台のような印象を受けます。ですから人物の動きは基本的に左から横切るかたちで、映像とするとアップは良いとこ取りですね。
裏切るはずの用心棒が寸前で裏切った(大将の値踏みをした)から話が面白くなる。うまいなあ、映画ってこうでなければいけない。あとでわかることですがこの裏切った武士の女も裏切って殺された親方が忍ばせておいた女です。裏切ったことでこの女が生きてきます。
田沼意次は北前藩士の動きを注視するべく、幕府の闇のものを忍ばせております。この懐刀は北前藩の藩士で裏切ったものです。おとり潰しになる前に寝返ったわけです。その男が闇のものをお家再興の動きをするものを消すために使うのです。まあ、腐りきった関係ですね。闇のものが腐ってはいないはずですけどね。「恩と義理の売り買い」で成り立っている世界ですから、義理を忘れてはいけないんです。そして、この裏切った用心棒が北前藩士でお家断絶を阻止すべく、間違って親殺しをした男です。かなり入り組んでいるんですが、その知り合いが闇の親方の愛人となっているという具合で、話は一気に進みます。これだけ都合が良ければ物語の進行は早いですよ。お家断絶の復興のためのお世継ぎの居場所をなんと闇の親分の愛人から聞きだします。この居場所は裏切った親分の愛人を拾った男も知っているんです。これで愛人が2人重なるわけで、面白くなりますよ。
「闇の家業、いざとなったら未練がなくたためるのが利点」ということで親分は勝負に出ます。というか恩と愛人(北前藩の人間)への未練です。愛人というほどではなく身投げをしたところ、拾って世話をしているというところですけどね。しかし、勝負をすると田沼の側近を敵に回すことになります。走馬灯を背景に「お前の始末は俺がつける、それまで黙って俺の言うことを聞いていればいいんだ」というせりふ、決心しましたよ。この映画、この走馬灯もそうですが、こいのぼりなどの江戸の風情が背景で役者を際立たせているのです。それはまるで歌舞伎です。結局、北前藩の男と女は死にそうになるのを(身投げなど)男は闇の親分を裏切った一の子分に拾われ、結局は親分に付いた。この恩義が親分にはあるんです。そして女は親分に拾われた。このように二人とも闇の世界の物に拾われて表に戻ろうという話です。しかし結末は、現実は厳しいです。