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そして次のシーンでこの子供の母親が新興宗教の教祖で。その宗教は、男に乱暴されて両手を切られた少女を祭っているのです。その少女の聖なる血が教壇の前にあってそこで体を清めると救われるというものです。通常ならこんなの壊される訳で、実際にそのように映画も進行しますが、ここでも新興宗教の歌とか、教会内でのシーンで流れるギターの音色最高にいいんですよ。

そんな時でもいつでもといったほうがいいかな、旦那の方はクモの巣女(クモは女性性あります)とじゃれているんです。こういう不倫の現場を見ても妻のほうは頭にきますが夫との性交渉でそんなことも忘れるのです。すごく父系家族ですね。しかしこの父系が崩れるんですよ。それは象(男根的)が死んでいくシーンが次に流れるんですが、ここにも象徴されるし、死んだ象はすぐに食用になるんですね。食べられて消えていくというシーンに父系が消えることが示されてます。しかしすぐにえさとなるというのも、人間社会の中に自然の摂理が入り込んでます。この象の葬列を仕切る父のバックに流れる音楽もいいし、葬列のマンボのような曲もいいです。このような危うい父が、子供に最後にしてやれたのは結果的に胸に鷹の刺青を彫ってやることです。この刺青は彫ったあとすぐに外で待っていた少女の手でどこかに魂が飛んでいってしまいます。

さて本業のサーカス。子供や妻ががんばっているのに、影で父はクモ女といちゃついてますね。サーカスの演技の途中見かけてしまった母はさあ大変とばかりに修羅場に向かっていきます。その修羅場になる前のクモ女と父の愛撫はまるで動物でも見ているように壮絶です。そこに割り込み、妻(たる母)は仕返しに硫酸を夫の男根にかけます。夫は妻に逆上してナイフで両腕を切ります。まるで教団で祭られている聖少女のようになってしまうのです。そのあとすぐに夫も首を切り自殺します。この死体や切れた両腕はすぐに犬や鳥のえさになるのですね。それを閉じ込められたまますべて見た少年は感情を表に出さない「バーディ」のような冒頭の生活に入るのです。かなり時が過ぎているはずですね。ちなみに少女はクモ女が連れ去り逃げてしまったのでこの子供の元には誰もいません。

時は過ぎ、精神病院の収容所で仲間と映画を見に行くシーンがあるんですが、ここで映画でなくて悪い商売するやつがいて、売春宿に連れて行くんです。すごいテーマですよね。養護が必要な人の性を扱ってます。ここで、かつてのサーカスの雰囲気、父とクモ女のことを思い出すんです。匂いでしょう。そんな中、母が現れて息子を支配し始めます。(オー・ド・ヴイに似てきました)  では、かつてクモ女と逃げた少女は?というと売春させられていたんです。そんな中、客がスキを見せた瞬間に逃げていくんですね。ここがすごいのですが、たまたまいないときに少年はクモ女に仕返しに来るのです(父と母の仇ですね)。もうメッタ刺し。「サイコ」もびっくりの殺し方ですね。そして、あの友人であったこびとに会いに行くんです。そして母とこびとを中心に一座が組まれドサまわりが始まります。見世物は「母の後ろから母の手の代わりに手を出して一心同体で演技をするのです。もう母からの束縛からは逃れられないというか、同化してしまうんですね。見世物の主題も人間の原罪について、蛇に責任があるという、またヘンな説得性を劇的に見せます。(ここでも「神曲」のテーマが出てきてしまいました)さて少年の方は一座の女に手を出してコンビを組もうとするのです。その出し物はナイフ投げ。父親と同じです。まったく同じことを繰り返すんですね。人生ってそんなものかもしれません。そのナイフが飛んで突き刺さる音がまた良いんですよ。しかし母が許す訳がありません。手となれと命令すると同時に女にめがけてナイフを投げろとなるのです。当然、少年は実行するのです。ここでいい話が一つあるのですが、いつも死体はすぐにえさになっていましたがここでは墓まで運んでペンキを塗るのです、ペンキがかかるとえさにはならない訳で、埋めると白鳥となって魂が飛んでいくんですよ。この辺はセンスいいですよ。そうこうしているうちに一座は成功して劇場と家をもてるようになると満ち足りた生活に入るのです。ピアノを弾くのも一緒。ピアノを演奏する手に後ろからなる訳ですからもう性交渉の体位と同じです。やばい。という構図ですね。そんな自分の存在が嫌で消えていなくなりたいのですよ。それで透明人間になろうと実験する材料を買いに行くとき街で「世界最強の女が来る」という宣伝カーに出会うんですね。その瞬間男根は蛇に変身する幻想にとらわれるので性的な抑圧は相当ですね。当然そのショーを見に行きます。そしてレスラーの楽屋にバラを差し入れに行き、自宅まで招待するのです。このレスラーはおっぱいはあるけど、どうみても男なんですよ。肝心の股はぼかしが入っているので事実はわからないのですが、男でしょう。そして自分の劇場で仕込んであるマジックをやろうとしても母が出てきてしまうんですね。そして「殺せ」と命令するのです。ですから殺せというからにはやはり女なのでしょうか、あのレスラー。少年はこのレスラーを呼んだのは、強さにあこがれていたのではなく、戦うことで自分の腕を折ってもらいたかったのです。当然形成不利ですが、やはり「ナイフを使えと」命令されてぶった切るのです。このときはさすがに少年も絶望感があったでしょうね。やはり墓まで運びペンキを塗っていると、今まで殺した女の亡霊がすべて墓からでてくるんですよ。かなり殺してますね。(これ監督のインタビューでは実際にあった事件を脚色したらしい、その犯人は更正して社会復帰しているとのこと、メキシコらしいですね)もうみんな裸なんでぼかしが画面を被い尽くします。その亡霊に謝るんです。当然、一緒になってもいいと思った人たちですから、ただ、母の命令で殺しただけですものね。

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