「天使たちが見た夢」エリック・ゾンカ監督 1998年 フランス
今度は「青空」と少しダブるような話です。バックパッカーの流れ者の女20代前半(Aとする)が友人を訪ねてある田舎町に来ます。友人はいなく、カフェでいつもながらのあぶく銭を稼ごうと切り絵を売ろうとすると、「金がないのか、仕事を紹介するぞ」、という男に出会います。仕事は紡績工場でミシンを使う仕事です。そこで、休憩時間にたまたましばらく一緒に過ごすことになる同じ世代の女(B)と出会います。ここで、思うのですが、いい悪いはともかく、カフェに出かける、または街に、外に出なければ、どんな出会いのきっかけもないということです。最近はこもるのがはやりみたいで、「もっと外に出てほしいと思います、もちろん車の中は外ではないです」。
会話の中で「この街なんか陰気な町ね」というせりふがあるのですが、確かに街から街へ流れていると、旅をしていると、そういう雰囲気を敏感に感じることが出来ます。ゆえにAは多分、危険も敏感に感じるのでしょう。Bも「嫁いだらここを出るわ」といいます。これはアメリカの田舎、特に南部の人の考えですね。しかし地元で恋をしてしまうから出られなくなるというパターンです。
この二人見ていて思うのですが、生活のリズムが外に向いているんですよ。お金がない若い子のパターンなんでしょうが、工場から帰宅、ご飯を家で、そしてバーに出かける。踊りに行くのです。日本人なら、どうせ出かけるなら食事でも、と合理的判断をするでしょう。食事の部分にお金を使わないのはいいですねえ。そして帰ったあと、家にこもるんではないんです。家にいても誰とも知り合いになれませんから、出かけるんです。ついでにライブをただ見しようとすると、その受付のバイク乗りたちに断られます。しかし確実に彼らと知り合いになるのです。そうしてみんな相手を見つけていくのでしょう。実際に二人とも友達とも言えるバイク乗りが出来ます。Aは話すくらいですが、Bは寝てしまいます。Aはじっくり自分のしたいことを見つけるタイプで、Bはあせってしまうタイプですね。二人の住んでいる家は、Bの知り合いの家で、交通事故で入院している間、管理人として預かっているだけです。Bは破産した父親がいやで家をとっくに飛び出しているのです。実際に母親もお金をせがみに訪れます。
毎日良い男を見つけ歩いているようで、Aは生活を根付かせ始めます。そして、この家の交通事故にあった女の子の日記を読んでしまい、同じく悩んでいることに気づきます(「二十歳の原点」のような日記)。実際に、まったく関係ないのですがお見舞いに行ったりしてます。大家なんですからねえ。意識不明なので相手がわからないのですよ。Bは逆に同じようですが、ふわふわして万引きをするところを警備員に見つかり、さらに、ちょっと知っていたカフェのマネージャーにも見られ、警察に連れて行かれるところを、このマネージャー(Cとする)が代わりに支払ってくれました。CがBにどんどん親しくしてくるので、はじめは受け付けなかったのですが(万引きを見られた恥ずかしさもあるのでしょう)だんだんCのペースに嵌っていきます。当然Cは遊びのつもり、Bはもしかして、と夢見るのです。すぐに裏切られますが、体は許し続けます。というより、はじめのうちはCがプレイボーイだと気づかないのです。実際に、Bの女優は小奇麗な女優です。アルバイトに精を出してお金を稼ぐAとCに振り回されるB,さらに仕事先で友人が出来て世界が広がるAとあくまでCに固執してAにも相手にされなくなるB。その差はだんだん大きいものになります。ここで「青空」とかぶるというのは、このようなBの行動の理由となんとなく「青空」で最後に殺される女の子とが似ているような気がするのです。Bはお金持ちである程度カッコいい人と相手したい、「青空」の子はもっと刹那的で家庭から逃げ出したい、というものでした。もしかしたら世界の果てまで行ってみたい、くらいの気持ちもあったかもしれません。覚せい剤の売人の仲間を警察に売ったのはそんな理由で、そんな連中から、彼を引き離したいのかもしれませんしねえ。まあ深くない動機だと思います。日本もフランスも似ている気はします。
しかしBが忘れようとすると、Cが近づいてきます。そして、Bは寝てしまいます。ほのかな夢をまだ見たいのです。そのときAは再三忠告するのですが言うことを聞かないばかりか、Cと一緒になったときのような見下したしゃべり方になります。
さらにはバイク乗りの男友達(Bはこの男とも寝てしまっているよ)にも好きな人が出来たと別れ話を言います。実はバイク乗りのほうが誠実なんです。ぴったりの男なんですよ。いい言葉を言います。「会うと胸がときめくか?そういう恋なら絶対に逃すなよ」といい男ですよ。私には言えないなあ。Aの助言もいいんですよ。「Cがすべてなの?ほかにもやることあるでしょう?プライドはないの?」などです。しかしBは昔から惨めだったと告白します。かなり投げやりになってます。もう向かうところはひとつですね。何回も惨めな思いしながらも最後にかけるその気持ち、多分、本当に恋したんだと思います。それも初めての恋でしょう。Aはこの恋が実らないことを知っていたと思うんです。多分、このときはもうBは打算だけではないと思います。しかしCは別れの言葉も直接にBにいえないんです。Aに言ってくれと頼みます。AはCを当然ひっぱたきますが、Bはまだ望みを持っているんです。その姿を見ているAの方が辛い。でもよく考えればAが来た事で、Cとの出会いもあったのですし、バイク乗りとの出会いもあったのです。そういうかけがえのない友人だったはずなんですが、Bはどこかに脱線してしまいました。Aは家を出て行き、この家の持ち主も意識を取り戻しつつあり、すべてうまくいくのですが、Bはひとりあてもなく寝ているだけです。家は追い出されるし、仕事はないし友人を一挙に失ったのです。その様子をAは家に来て見て、寝ているBに手紙を書きます。「Bへ、寝ているから起こさないで書くね、この家の持ち主は治るわ また生きるのよ。あなたも望みどおりに生きてね。あなたが夢見る人生を。毎日どんなときもね。あなたの友達、Aより」書いて帰ろうとしたら物音がして見に行くと、Bが窓から飛び降り自殺します。友人に恥ずかしくて会えないのでしょう。こんな言い手紙が残されているのに。題名はちょっと違う感じはします。Aは生活を固めて再構築しようとしただけですので、「夢」なのかなあ。