前ページ

そしてAは陳に食糧の配給券をあげるのです。部下はこうしなければついてこないですよ。この裏で陳も参加している脱走計画が進行しております。しかしこの脱走計画も実は会社側の罠なんです。陳は引っかかったことに気づきますが、そこで女に打ち明けると、(この女が実は曲者なんです)、Zに彼が逃げるよと嘘を教えます。そうするとZは夢中で真っ暗な中彼を探しに出かけます。結局偵察に行かせたのです。誰もいないと戻ってきて言いますと。日本人を殺して電流をとめなければならない、などと吹聴します。実はこの時点で陳は本当の状況を誰にも言っていなかったのです。電流はとめていないけど、中国人の逃亡は予定通り周りも疑わないような状況を作ってはあるのです。そして日本人も逃亡したなら殺す準備はしていたのですが、電流で死んでしまいそれを見ていた陳は自殺します。この件についてAの論理すごい。「自分が日本人であるということは俺の罪ではない、しかも俺の一番罪が深いのは俺が日本人だということなんだ」どうしようもないことなんですよ。このあとも日本人がけしかけるシーンは出てくるのですが、そこで抵抗をすると逃亡とみなす、ということになっていきます。まあ狙っていたのでしょうが憲兵が来ている時に逃亡に見せかけます。すると憲兵は、軍の指揮命令系統にしたがって「軍が逃亡と認めたならA貴様がなんと言おうと逃亡なんだ、処刑、その方法は一任」という指示が出ます。この辺の日本軍の態度は多分事実でしょう。それがこの時代の映画であることの貴重性を物語っております。なんと言っても戦争からこの映画までの期間はバブルの始まりから今くらいの期間的同一性があるのです。バブルの初めのころなんて覚えてますもんね。

そして処刑の立会人をAは任命されます。まあ嫌がらせですね。この処刑者にZの彼氏が含まれているんですよ。

そして中国人の獄中の指導者にAは「小さな過失や誤謬は許されても、決定的な時の過失はあなた自身の立場、考え方に矛盾してあなたを暴力の仲間とするでしょう」というようなことを言われます。「ヒューマニズムで生きるか殺人者に加担するか今まさに判断のときです、ほかの日本人も反対だという人がいるでしょう、その人たちを集めて運動して自分の信念を守ってください」といわれます。Aもそのとおりだと思ってます。しかし言っている中国人も今まで何回となく裏切ってきたんですからね。Aは自分を責めすぎています。

そして処刑の場でもZの彼氏が殺されたあと我慢できなくなってAは「やめてくれ」と言ってしまいます。Bはそんなこと言わないで、とお願いしていたのですが。

そして今にも憲兵に切られそうになると中国人の指導者を中心に反暴力もシュプレヒコールが上がります。そして処刑は中止になります。中国人とAの気持ちが通じた瞬間でした。

しかし憲兵にAは連れて行かれて、中国人(八路軍)と通じていたと自白するように拷問されます。まあ軍だから、民間人があんな風にしゃしゃり出て八路人たちの暴動を引き起こしたので軍のプライドからもそうせざるをえないでしょう。

あの時、中国の指導者(王といいます)も扇動したのですが彼もひどい目にあっていると聞かされてます。まあAは日本人なのでしばらくしたら釈放されます。工場に戻ってみると「召集令状」が届いてます。軍が仕組んだ嫌がらせですよ。とうとう、戦地に行くことになっちゃいましたね。王は実は仲間30人と逃亡したのでした。それを聞いたAは気持ちよく笑います。Aがいたときは逃亡しなかったし、Aが処刑場で殺すなといったときは扇動して憲兵に歩み寄った男です。その彼がAがひどい目にあっている、Aがいないという状況なら逃げる、暴力から逃げるということです。すぐにその気持ちAに対する気持ちがわかったのです。

そして今度はB.久しぶりに会うシーン、すごく動きがあり、その動きが愛情の深さを素直に表現していて見ていてすがすがしいです。そして戦地へ向かうのです。

2/25

 

「丹波哲郎の大霊界、死んだらどうなる」  石田照監督 1989年

まさか自分がこの映画観るとは思いませんでした。周りでも見た人は聞いたことないですし、うわさになっていたのは知っていましたし、馬鹿にしておりました。そしてそのとおりなんでしょう。しかし結果を見るとこの年の興行成績の邦画ベスト10に入っているんですよ。とりあえず、役者は特別出演でかなりの人が出てますし、余興ということで観ます。これBOX買っているんですよ、やはり買う人なんかいないと見えて投売りしてました。

すごく気が楽に見ることができそうです。

はじめから宇宙の概念と霊界をごっちゃにしている。地球の自転によって霊的エネルギーを放出といわれてもねえ。楽しみますよ。とにかくバブルのときの画像と思ってみております。しかし画面はもう昔の感じが出ているんですよ。バブル絶頂のときですよね、記憶にはすぐ思い出せるのに、映像とか景色は昔の感じがあります。最近、お客様も年金のこととかの老後の心配事の話題が多いのですが、そんなこと考えてもいなかったときですし、少なくても90年ごろまではまたすぐに良くなると思っていた部分ありますよね。

説明はすごい「生きとし生けるものでいずれ死ぬと知っているのは人間だけ、そして視に対する恐怖を感じているのも人間だけ、なぜか?死んだ後を知らないから」やはり楽しい映画です。こういう突き抜けた人は楽しいですよ。中途半端に悩んでいる人の映画はつまらないし、観ていてつらいところがあります。そして私自身が魂と肉体の分離は当然あると思うので、なにか見ていて説得力はないのですが、わかる感じはします。しかし人間の条件の途中にこの映画観ている自分がおかしい。バスの転落事故で死んだ人たちを例に挙げてますが、これ経験あるんです。がけから車で落ちたことあるんです。下に雪があって助かったのですが、これは本当に長い時間のように思えましたよ。あとこの映画、魂が人間のかたちをしているのは愛嬌というものでしょう。あとは製作する国によって共通の言語が母国語になるんでしょう。映画として成り立たせるためです。お客さんは生きている人間ですから。本当かな。

次ページ