「ザ・商社」和田勉演出 1980年
とにかくあまり期待していなかったのですが、かなり面白いです。
第一回 愛する時と死する時
なんてったって、片岡仁左衛門さん、山崎努さん、夏目雅子さんがいいですね。
安宅産業のなんというか小さな商店経営的な部分なところが強調されていてすごくわかりやすい。そして、変な油田計画に乗り気になってしまうところが、今思うとすごくおかしいのですが、結果論です。さらに海外での日本人の人間関係も面白く描かれてますね。
第二回 江坂ファミリー
ここで思うのは、財閥がまだ直系の場合は(創業者が見えている場合)はなにか甘さが抜けていないということ。
そして夏目雅子役のピアニスト(A)が社主の人事の思惑を聞いてしまうことでドラマが生まれます。これは事実かどうかわかりませんがドラマツルギーそのままです。このAが慕うアメリカ子会社の社長を追い出そうとする話を聞いてしまうのです。
さらに取引先のレバノン系のアメリカ人に追加の無担保融資を条件につけられてしまう。
このことを稟議で承認を得ることがなかなか困難な直系の支配力が強い商社なのです。敵は身内にあり。しかしこの取引相手も然るもの。中東情勢を見越してオイルショックの可能性から条件を引き上げているのです。
次の回が楽しみになりました。
9/8
「ザ・商社」2 和田勉演出 1980年
第三回 「セント・ジョーンズの神話」
いやー参りました。せっかく石油代理店契約を、トリックを使ってうまく軌道に乗せようとするときに本国日本に帰れとの辞令。おいしいところは子飼いの新任の部下にやらせようとするのです。しかし相手はこの主人公を信じている部分があるので、ほかに急遽変わったら解約ははじめからやり直しでしょう。
そんな日本側を尻目にレバノン人は秘密事項を隠して商社の金だけを取るつもりになります。まさに主人公は嵌められました。
あのピアニストも精神的に参ってしまい、アメリカという国が二人を蝕んでいく様子が描かれます。それどころか、企業全体に影響をします。さらに第四次中東戦争で原油価格は7割上昇します。
しかしアメリカ、カナダは国内物価の安定のため、石油価格の調整に入ります。アメリカは国内備蓄の供給。カナダは国内価格の安定。
しかしこの商社が絡むカナダでの石油取引はもとの原油をBP(北海原油ですね)からカナダのガソリン国内価格以上の価格で国際商品市場の高騰のため仕入れていたのです。そのため売れば売るほど損が出るのです。カナダ政府はこの事態になる前に手を引いてます。それは国内政策の絡みでしょう。
そして主人公はこのカナダでの製油事業のパートナーが一発勝負屋の出自が貧しい男で、かつ地元にまったく溶け込んでいないという事実に気がつくのです。この時点で融資銀行もこの商社も現地をほとんど見ていないのです。現地主義からの逸脱の激しいことこの上ない。この時点でこの主人公は所属する商社の中で暴走してしまったといわざるをえない。
最終回 「日本の中の異邦人」
ここまで、描かれているのは、すべての人間が、小さな存在に過ぎず、大きな時代の流れ、政府の意向などからは遠い存在であること。さらにその小さな存在でも、みんな平等に愛する気持ち、楽しい気持ち、悲しい気持ちなどを持ち合わせその一時に気分が左右されてしまうという生き物であることには変わりないことが描かれております。さらに、自分の中で一番大切だと思ったことも、瞬間に消えてしまうという事実、しかしそのような悪夢の中でも変わらない感情を持ち合わせる人間、という両面をも描いていると思います。
この最終回ではそのようなことが、「負の連鎖」として悪循環した結果が描かれます。
しかし、日本政府は逆に一致団結の気配を見せます。それは債務移動の会社を作り、商社自体の簿外に持っていくということ。そして商社の決算では実情が表面化しないというような段取りを作るのです。しかしマスコミが動きます。そこでは安宅コレクションが槍玉にあげられます。今考えると笑えるのですが、安宅産業がつぶれると経済界に大打撃という環境として描かれてます。いまの若い世代は、大手銀行が次々に弱体化しているさまを見ているので不思議に思うでしょうし、商社自体ももっと悲惨な状態に現状あるのです。このときの安宅産業が足元にも及ばない商社がアップアップの状態でスモンね。
9/9
「死国(しこく)」長崎俊二監督 2000年
最初見たときは面白かったのですが、今回は意外と平凡な映画のような気がしました。
まあ高知県が舞台なのですが、そこでシャーマン系の家系に育った娘があるときに死んでしまいます。しかしその霊を生き返らせようとする親たち。それは閉じ込めた悪の霊を呼び起こすみたいな目的を持っていると考えて問題ないでしょう。もっと複雑なんですが、簡単にはこんな感じです。
その娘の幼馴染の女友達と男友達が絡み合うドラマです。この男友達を死んだ娘は好きで、かつ男のほうも好きな相思相愛の関係なのですが、娘は死んでしまいった今となっては、女はこの女友達のほうになります。またこの女友達も美しく成長して、土地の相続の関係で離れていた故郷に帰ってくるのです。
そこでこの女と近づいていく男を霊界から牽制するがごとく、シャーマンの娘は登場します。この愛情の三角関係と、四国のお遍路の呪縛との関係があるひとつの家系を通じて、ひとつの地域で、石鎚山の近くで起こり、その霊も鎮魂され、無事解決するといった話なんです。